新年度を迎え、進学や資格試験に向けた勉強など、新たな学びに取り組む人も多いと思います。今回、バンキシャ!のキャスター・桝太一は、全国で唯一の「刑務所の中にある中学校」を取材。学習時間は一日およそ10時間。受刑者たちの卒業までの1年間を見つめました。
◇
長野県松本市――。
桝「ここが今回、お邪魔する松本少年刑務所です。意外にも目の前がすぐ住宅なんですね」
桝は、敷地を囲む塀に沿って歩きながら視線を上げた。5メートルあるというこの塀の高さが、ここに受刑者たちがいることを物語っていた。
収容されているのは、おもに16歳以上、26歳未満の罪を犯した男性たち。特に犯罪を繰り返すなどした者たちが、ここ、松本少年刑務所に集められ、日々、刑務作業を行っている。そして、教育棟と呼ばれる刑務所内の建物に、この日、桝が目指すものがあった。
山本看守長「どうぞ」
山本拓矢看守長に案内され、階段をのぼったその先を見て、桝は声をあげた。
桝「おお!ちょっと意外な光景です。なるほど!」
山本看守長「旭町中学校桐分校というところです」
桝「意外な場所に学校の入り口がありました」
旭町中学校桐分校は、日本で唯一“塀の中”にある中学校だ。建物の上層階に鍵のかかった扉があり、その先が学校のエリアになっている。
桝「あぁ!学校です。急に学校というのが分かりますね。ここだけ別世界みたいです」
現在、生徒は3人。2人が30代、1人が50代で、みな受刑者だ。
桝「生徒さんは、どういった方が、どういった基準で選ばれているんですか?」
山本看守長「全国の刑務所に募集をかけまして、入学試験みたいな問題集と、志望動機と、まさに中学校の教育が必要な人を選んでいる」
年齢制限はなく、重視されるのは刑務所での生活態度、そして強い学習意欲。義務教育を終えていても、学び直しの強い意志があれば入学できるという。受刑者が学びを通して自分をみつめ、反省の心を培うことを目的としている。
桝が訪ねたとき、教室では国語の授業が行われていた。教師は刑務官だ。
教師「ここが仮説です」
生徒「はい」
教師「大事なところね」
生徒「はい」
そして、セミの幼虫に関する文章に触れたときには――。
教師「植物の根から栄養をとり、7年ほどかけて成長する。知っていました、みなさん」
生徒「いや、知らない」
生徒「寝ているんじゃないんですね」
その様子を教室の後ろに立って見ていた桝は、思わず「すごい! とてもやりとりが積極的」と驚きの声をもらした。
教師「私も知りませんでした。面白いよね」
生徒「はい」
桝「こんなに先生と生徒のコミュニケーションがしっかりとれている授業って、なかなかないですよ。すぐにメモを取っている。学ぶ熱というのが伝わってきます」
授業は、土日をのぞいて、朝8時から毎日7時間。夏休みや冬休みはなく、1年間で中学校の3年分のカリキュラムを学んでいく。一般受刑者とは違って刑務作業はなく、勉強づけの毎日だ。
次に桝は、社会の授業を見学させてもらった。「新語・流行語大賞」を題材に取り上げる中で、板書された「あつ森」の文字を見て、50代の生徒が聞いた。
生徒(50代)「すみません、ちょっといいですか?なんですか、『あつ森』って?」
教師「ゲームです。『あつまれ どうぶつの森』というゲーム」
生徒(50代)「それを略して『あつ森』って言うんですか? それがはやったんですか?」
教師「はい」
生徒(50代)「へぇ~、知らなかった」
知らなかったことを知る、その喜びで授業は活気に満ちていた。
◇
この旭町中学校桐分校は、読み書きのできない受刑者が、学びを力に社会復帰できるようにと、1955年に創立された。入学する生徒には、重い罪を犯し、長い間、服役している受刑者も多い。
担任・星野亮毅法務教官「学んで学力をつけるということが、出所したとき、社会復帰したときに、生きづらさの軽減になるのかなと。基礎学力を身につけていくことで、今まで自分の中で散らばっていたものが、いっきにパズルの全体の絵柄が完成するようなかたちで、だいたい後半になると急激に(学力が)伸びます」
お昼には教室で給食をとる。メニューは他の受刑者と同じものだという。この日は、スープにコッペパン、そしてコロッケ。
生徒「いただきます」
その様子は学校での給食の光景と変わらない。
桝「ただはっきりと違うのは、法務教官の方が非常に鋭い目で、しっかりと見つめている。これは、普通の学校とは違いますね」
教室での姿を見ていると忘れがちだが、彼らは罪を犯して服役している受刑者だ。3人とも、この先、何年も社会に出ることはできない重い罪を犯している。習字の授業で書いていた好きな言葉には、学びを通して向き合った自らの思いが表れていた。
生徒(30代)「現在は過去の結果であると同時に未来の原因でもある」
教師「なぜそのメッセージを?」
生徒(30代)「過去は変えることができないと思うんですけど、過去と未来はイコールじゃないと思ってて、いま何かをすれば、過去とは違う何か、未来があるのかなって思っているので」
不登校だったことから中学には通えず、その空白を埋めるために、ここへの入学を志願したという30代の生徒に、桝は聞いた。
桝「今日、色紙に書かれていた言葉、すごく私は心に響いた言葉だったんですけど、もしかしたら厳しい質問になってしまうかもしれませんが、過去というものに対して向き合わなければならない気持ちというのは、学びながらもずっとあった?」
生徒(30代)「そうですね。それ自体は変えられないことではあるんですけど、忘れてはいけないことだし。今回、私が捕まったことで、被害者はもちろんですけど、いろんな方に迷惑をかけている。家族にしても、白い目で見られるだとか、悲しませている部分は大きいので、二度とそういうかたちにはしたくないという思いはありますね」
消灯時間が迫る午後9時前。ほかの受刑者たちと同じ棟の単独室で、生徒たちは自らの学びを続けていた。
生徒(50代)「先生が教えてくれて、その時にわかって、『できた!』っていううれしさが出てくるんですね。今までにない感情なんですね」
生徒(30代)「何について学んだとしても、学んだから何かが減ることはない。むしろこれからの自分にプラスになることだと思うので」
消灯時間が過ぎても続く毎日3時間の自習。暖房はない。寒さをしのぐため、手には軍手も。学ぶことの尊さを知り、生徒たちはこの春、1年間の学びを終え、それぞれの刑務所へ戻っていく。
◇
卒業式をおよそ1か月後に控えたこの日、旭町中学校桐分校の生徒たちは、ある場所へ向かっていた。それは旭町中学校の本校。一般の中学校を訪問する特別行事だ。中学生との交流を通じ、自らの過ちを見つめ直して、更生を促すのが目的だという。
刑務官に囲まれながら移動し、交流会の前に体育の授業を見学した。もちろん自由に歩き回ったり、一般の生徒と言葉を交わしたりすることは許されていない。
そして、体育館で開かれた交流会。
司会の生徒「分校生が入場します。盛大な拍手でお迎えしましょう」
桐分校生と同じく、まもなく卒業する3年生100人に迎えられ、分校生3人は壇上へと上がった。
司会の生徒「ただいまから、桐分校生と本校生の交流会を始めます」
司会の生徒「分校生の皆さん、こんにちは。ようこそ本校へおいで下さいました。音楽を通じて共通の思い出をつくりましょう」
交流会ではまず、本校生たちから分校生に合唱曲が送られた。自らの過去を振り返るのか、実際、こうした交流をきっかけに罪とより深く向き合う受刑者は多いという。
司会の生徒「それでは、分校生の皆さんにも歌を聴かせて頂きます」
分校生の生徒(50代)「心を込めて歌います。『旅立ちの日に』。聴いてください」
分校生の生徒3人がピアノの伴奏に合わせ歌い始める。体育座りをしてじっと聴き入る本校の生徒たち。そして1番を歌い終え、2番にかかろうとした時、100人の本校生たちが一斉に立ち上がり、一緒に2番を歌い始めた。本校生からのサプライズだ。
生徒(30代)「部外者みたいな扱いをされるかなと思ってたんです。けど、自分たちの学年の1人というか、仲間に入れられているというのを感じたので、一生忘れられないだろうな、というのがありますね」
分校生たちは目を潤ませながら精いっぱい歌い、サプライズに応えた。
生徒(30代)「本日は私たち分校生を歓迎して頂いて、本当にありがとうございます」
生徒(30代)は涙に言葉を詰まらせ、そして続けた。
生徒(30代)「こうやって歓迎して頂けると思っていなかったので、感無量の気持ちでいっぱいです。私の立場でこれを言うのはおこがましいのですが、みなさんに一つだけ伝えたいことがあります。みなさんは、私のように人生を無駄にするような生き方をしないでください。時間を巻き戻すことはできません。将来を見据えて、今、この時を力いっぱい、楽しく、真剣に生きてください。そして、自分の大切な人を笑顔にできるように、そんな人生をつくってほしいと、心から願っています。本日は、本当にありがとうございました」
交流会を終えて、本校の生徒たちは次のように話してくれた。
本校の生徒「涙が出てきそうになってしまうくらい、心に響く言葉が何度か出てきて」
本校の生徒「人生を無駄にしないように、毎日を大切にしたいなっていうのは、すごく思いました」
そして3月上旬。桐分校の卒業式。1年間の中学校生活で、生徒たちには義務教育の修了資格が与えられた。この日を最後に、生徒たちはそれぞれの刑務所に戻り、一般の受刑者として罪と向き合い続けていく。
(2023年4月2日放送「真相報道バンキシャ! 」より)
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