リヒャルト・ゾルゲ

リヒャルト・ゾルゲ, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=119437 / CC BY SA 3.0

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リヒャルト・ゾルゲ(ドイツ語: Richard Sorge, ロシア語: Рихард Зорге, 1895年10月4日 – 1944年11月7日)は、ソビエト連邦のスパイ。
1933年(昭和8年)から1941年(昭和16年)にかけてゾルゲ諜報団を組織して日本で諜報活動をおこない、ドイツと日本の対ソ参戦の可能性などの調査に従事していたが、ゾルゲ事件の首謀者として日本の警察機関によって逮捕され、刑事裁判で治安維持法および国防保安法違反により死刑判決を受け、処刑された。
石油会社に勤めコーカサスで仕事をしていたドイツ人鉱山技師のヴィルヘルムとロシア人ニーナとの間に9人兄弟の1人として、ロシア帝国バクー県のサブンチで生まれる。
ヴィルヘルムは石油精製の知見を買われて招かれ、採掘機械工場を設立してこの地でニーナと結婚した。
父方の大叔父フリードリヒ・アドルフ・ゾルゲ(Friedrich Adolf Sorge)はカール・マルクスの秘書であり、ハーグ大会後の第一インターナショナル・ニューヨーク本部の書記長であった。
3歳の時に父は工場を売却して、ゾルゲを含めた家族とともにベルリンに移住した。
ベルリンのリリエンタールギムナジウム(当時の名称はオーバーレアルシューレ)に1902年から1914年まで在籍し、途中1年の留年を経験している。
自身の「獄中手記」では、歴史や哲学、文学、政治学は得意だったが、他の教科は「通常以下」で、学校の規則を守らずめったに口をきかない生徒だったと記している。
1914年10月に第一次世界大戦が勃発すると、学校の卒業を待たずにゾルゲはドイツ陸軍に志願した。
軍役中にゾルゲは3度負傷する。
1916年3月に西部戦線で両足に重傷を負う。
この負傷は重く、野戦病院に入院(その後除隊)することとなった。
入院していた時にキール大学で社会学を専攻する従軍看護婦から社会主義理論を聞かされる。
向学心が芽生えたゾルゲに対し、この看護婦とその父親は、社会主義、革命、美術史、歴史などゾルゲが関心を示した分野に文献の提供を惜しまなかった。
1917年11月にロシア革命が起こり、ゾルゲは衝撃を受ける。
第一次世界大戦の終戦前からベルリン大学で哲学書を読み、1918年1月に正式に軍を除隊になるとキール大学に入学した。
キール大学時代にドイツ独立社会民主党に入党する。
1919年にハンブルク大学に移る。
同年10月にドイツ共産党に入党する。
1920年に国家学の博士号を取得した。
論文のテーマは賃金問題だったという。
その後、アーヘンの高等学校で教員となるも、1921年末には政治論争をおこなったことから解職される。
炭鉱作業員に転じて、職場に共産主義組織を立ち上げる。
しかしアーヘンでの就職が困難となり、フランクフルト・アム・マインに移ってフランクフルト大学社会学部助手となった。
1922年にイルメナウで開かれた第1回マルクス主義研究集会に参加し、記念の集合写真では留学中だった福本和夫と一緒に写っている。
1924年4月にフランクフルト・アム・マインで開催されたドイツ共産党大会に参加した際、ソ連から派遣されたコミンテルン幹部であるオシップ・ピアトニツキー、ドミトリー・マヌイリスキー、ソロモン・ロゾフスキー、オットー・クーシネン の警護と接待を担当した。
彼らは親しくなったゾルゲにコミンテルンでの勤務を勧誘した。
ゾルゲは同年末にモスクワに移り、1925年からコミンテルンに所属した。
コミンテルン勤務とともに、ピアトニツキーによりゾルゲの党籍はソビエト連邦共産党に変更された。
コミンテルンでは各国の党から送られてくる情報などを基にした報告・分析活動が中心であった。
ヨーロッパの現地視察をおこなったほか、作成した報告を書籍として刊行もしている。
1929年5月、ゾルゲはコミンテルンを離れ、軍事諜報部門である労農赤軍参謀本部第4局に所属を変更した。
この所属変更の理由として、ゾルゲ自身は日本の検察の訊問調書において、コミンテルンでは諜報活動ができないこと、世界革命の見通しが裏切られたこと、ソ連における一国社会主義路線への転換を挙げている。
ヨシフ・スターリンの政権掌握後、コミンテルンはセクト主義に傾斜し、それに反対する人員は組織を追われたが、ゾルゲ…

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