出典:EPGの番組情報
開運!なんでも鑑定団【秀吉・徳川・渋沢栄一…偉人も愛した秘石&鉄道グッズ】[字]
■結成60周年<ローリング・ストーンズ>宝&激レア<鉄道グッズ>一挙鑑定■歴史偉人が愛蔵…奇跡<縁起石>&ナチスドイツが押収!?…<世界的画家の絵>に衝撃鑑定額■
詳細情報
番組内容
昨年、いわゆる熟年離婚で、40年連れ添った妻が家を出ていってしまった。以来、寂しくひとり酒の毎日…。実は、妻が家を出ていく前に鑑定団に応募していたため、最後のプレゼントだと思い、代わりに出演することに。お宝は、かの渋沢栄一が愛した縁起の良い石なので、傷心から立ち直るべくここはひとつ開運したい!
出演者
【MC】今田耕司、福澤朗
【ゲスト】長野智子
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】第4回鉄道グッズ鑑定大会
【出張リポーター】福澤朗
【出張コメンテーター】IMALU
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役社長)
川上紳一(岐阜聖徳学園大学教授)
金子ヒロム(「ビー・ミュージック・エンターテインメント合同会社」代表)
鑑定士軍団続き
波多野茂(「天賞堂」技術顧問)
岩屋章三(「TEC-ZERO」店主)
関連情報
【番組公式ホームページ】
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/【見逃し配信】
https://video.tv-tokyo.co.jp/kantei/ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
テキストマイニング結果
ワードクラウド
キーワード出現数ベスト20
- 万円
- お宝
- クリムト
- 赤玉石
- ブレーキ
- 福澤
- IMALU
- 方向幕
- お願い
- 佐渡
- 登場
- ストーンズ
- ロック
- 依頼人
- 鑑定団
- 結果
- 購入
- ホント
- ローリング
- 貴重
解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)
こんばんは。 さあ 「鑑定団」
始まりました 今週も
よろしくお願いします。
よろしくどうぞ お願いします。
この間ね これ
誰も悪くないんですよ。
怒ってる話でもないんです。
新幹線乗ってましてね
大人の女性の方が ホント
プライベート申し訳ないですが
お写真撮ってもらえませんか?
って言われたんですよ。
僕はもう いいですよって言って
その方は自撮りで
撮ったんですよね。 それで
戻っていかれて
写真とか やっぱり
断らんでよかったなと
思ってたら もう1回
戻ってきはった。
あれ?
それで ホントに申し訳ないです
って言って
さっき撮った写真 バッてアップにして
もう少しイケメンでお願いします。
えっ!? えっ!?
(笑い声)
<入社2年目にして
まわってきた大役が
<水をかけられるなど
芸人並みに体を張り
一躍 人気を博しました>
< しかし もともと
報道志望だったため
複雑な心境だったそうです>
<夫の転勤に伴い 渡米すると
ニューヨーク大学 大学院で
ジャーナリズムを一から学び直しました。
その後
< これが
番組プロデューサーの目にとまり…>
<抜てきされました。
政治家の出待ちをすることも
しばしばでしたが
その際 あれ?>
< と先方から声をかけられ
そのまま…>
<田原総一朗さんから…>
< と言われ ジャーナリストとしての
姿勢を学びました。
3年前には 国連難民支援機関の
報道ディレクターに就任。
現地に赴き 過酷な実情を
リポートしています>
依頼人の登場です。
東京都からお越しの
お願いします。
ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。
よろしくどうぞ お願いします。
いやぁ でもやっぱり
「ひょうきん族」のイメージも強い。
なんなら20年くらい
報道やってるんですけど
いまだに 「ひょうきん」の人って
言われます。
あれ 水かけられたりしますよね。
「ひょうきん族」って
朝からず~っと撮ってて
夜中の2時から
あれなんですよ。
マジすか!?
そう。
で 朝のニュースも出てたんですよ
「ひょうきん」出てから。
なんで 2時くらいに
懺悔の水をかぶって
濡れ髪のまま 報道センターに行って
会議を3時半からするみたいな。
そりゃ 27歳で退社するわな。
(笑い声)
さあ それでは お宝オープン!
うわっ かっこいい!
おっ かっこいいね。
ローリング・ストーンズのロン・ウッドが描いた
キース・リチャーズ。
これ ロン・ウッドが描いたの?
(長野)そうなんですよ。
30年くらい前。 渋谷の街を
何か買い物したいなと思って
歩いてたらば たまたま その
ローリング・ストーンズの個展がやってて
私 もうホントにイギリスのロックが
大好きなんです。
デュラン・デュラン カジャグーグー ポリス
で スティング デヴィッド・ボウイ。
同じ世代ですね。
ローリング・ストーンズも大好きで
予約をすると
サインをしてくれるって。
サインが欲しいがために
7~8万で買っちゃいました。
ちゃんと 2 Tomokoって書いて…。
書いてある。
えっ すごいな。
しかも メンバーが描いた
独特の表情というか
リラックスしてる感じ。
ホントに ただただ
すてきっていうのと
やっぱり
この 2 Tomokoが
どう出るかですね。
そうだね。
そういうこと…。
(笑い声)
俺も東京ドーム 観に行ったな
ローリング・ストーンズ。
チャーリー・ワッツ 好きだったんだよな。
本人評価額です
おいくらでしょう。
10万円くらいか…。
10万円。
はい。
まいります オープン ザ プライス。
やった 50万! 50万円!
ウッソ!?
すご~い!
えっ!?
すごい。
ロン・ウッドはね ローリング・ストーンズ
その前は フェイセズ
ギタリストとしてのキャリアも
すごいんですけれども
彼 アートスクール出身なんで
絵心がすごいんですよ。
で ソロアルバムのジャケットアートも
自分で描いてしまうという。
この作品 『キース』がタイトルで
キース・リチャーズの写真をモチーフに
絵を描かれて
ものすごく かっこよく
ロックっぽい。
ストーンズのファンだけでなく
アートのファンからも
非常に評価が高い作品です。
シルクスクリーンの状態になったのは
93年から94年にかけて。
100枚限定で 60枚目。
そして Ronnie Woodのサインと
これ全部が直筆で。
2 Tomokoね
名前が入っちゃってると
価値的には 若干
下がってしまう…。
でも 普通ですとね トゥーで To
2って書いてるところがね
ああ ロックですよね なかなか。
これ真似しよう。
(笑い声)
<続いては 埼玉県 熊谷市から。
こちらの
立派なご自宅に お伺いしました。
ごめんくださ~い>
どうも こんにちは。
<次なる依頼人は…>
散らかってますけど中へ どうぞ。
< おじゃましま~す。
あらま~。
いきなり郵便物とチラシが散乱。
失礼ですが
本当に散らかってますね>
すみません。
< えっ それまた どうして?>
< といいながら 本日の夕食は
買ってきたお刺身とビール>
< どんどん
声が小さくなっていきますね。
こうして毎日
1人 晩酌しているそうです>
<悲嘆に暮れる加藤さんに
追い討ちをかけるよう
最近 更なる不幸が…>
< だそうです。
くれぐれも
飲みすぎには ご注意を>
いや だめだめ ホントに。
< ところで…>
< えぇ~!>
鑑定 よろしくお願いします。
< そのお宝とは!?
スタジオで拝見しましょう>
依頼人の登場です。
埼玉県からお越しの…。
ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしく どうぞお願いします。
この番組を僕
やらせていただいて10年以上
依頼人の登場ですって
初めて言いたくなかったです。
つらすぎて…。
まずは 片付けましょう。
あっ 部屋の片付けをね。
これ 大変ですけど。
あっ 全然 目見いひんな。
(笑い声)
ちなみに
もう理由は聞かないですけど
出て行かれるときって
どんな感じなんですか?
もう ある日 突然…。
そうですね。
(2人)蒸発!?
連絡取りました?
ええ。
なんて言ってました?
電話出ないですけどね。
(笑い声)
酒に逃げたくもなります。
だけど1年やったんですから
ちょっと ここからは もう1回
こう立ち上がっていきましょう。
そうですね わかりました。
なんで
こんな 僕 励まさな だめ…。
(笑い声)
それでは いきましょう。 オープン!
おぉ~。 すごいの出てきたぞ。
何これ?
赤玉石。
(加藤さん)はい。
母が20年くらい前ですか。
知人から
60万円くらいで譲り受けて
ずっと
家に置いてあったんですけど。
価値があるもんなんですか?
わかんないですね。
全然 自分は 石に興味がないので。
趣味とか 何やったんですか?
音楽ですね。
あっ 音楽。 ロックだな 髪形も。
ロックは 奥さん出て行くんすよ。
(笑い声)
奥さんは このお宝について
なんか言ってましたか?
いや 自分が興味がないから
聞かなかったですね。
ロックだね~。
もしね
奥さんが この 「鑑定団」見てて
連絡あったら
もちろんウェルカムでしょ?
いや…。
話しがいないな!
<昨年8月
日本橋 兜町に竣工した
<エントランスの ど真ん中に
ひときわ 目を引く
赤い石が鎮座している。
これは
日本経済の父 渋沢栄一が
生涯愛し 力を得たとされる
佐渡の赤玉石である。
赤玉石とは 赤い碧玉のことで
石英と鉄分が高熱と高圧により
結合し
赤く発色したものをいう。
石質は極めて硬く
磨くと透明感のある
美しい光沢を放つ。
北海道 静岡 富山でも
産出するが
佐渡島 赤玉地区
杉池を源流とする…>
<佐渡の赤玉石は
鳥取の佐治川石
神戸の本御影石と並び
日本三大銘石とたたえられる。
鮮やかな
<弥生時代には 管玉などの
装身具に用いられた。
室町時代になると
室内で石を鑑賞する水石や
石を主役とした庭園造りが流行。
佐渡の赤玉石は
紅葉に色づく山に例えられ
風雅な石として貴族や
武士の間で人気を呼び
豊臣秀吉や徳川将軍家への
献上品として その価値は
時に金をも上回った>
<1964年の
ホテルニューオータニ開業に先立ち
庭園に運ばれた
この赤玉石の重さは22トン。
色 大きさともに
圧倒的存在感である>
<各界の名士たちも 吉兆を呼ぶ
縁起石としてこれを珍重。
江戸 文政年間創業の
榮太樓總本鋪
初代 細田栄太郎は…>
<研磨など 人の手は
一切入っていないが
姿 色 艶とも実に美しい。
明治期
日本経済の礎を築いた両雄
岩崎弥太郎と渋沢栄一もしかり。
名勝
< その際 弥太郎は全国から
集めた名石を配したが
この佐渡の赤玉石は
なんと家が 1~2軒建つほどの
高値で買い入れたという。
一方 渋沢は 日本橋・兜町に
自身の邸宅を建てる際…>
< その後 三田に転居した際も
わざわざ移設し 生涯大切にした。
現在は KABUTO ONEのエントランスで
日本経済の更なる繁栄を
見守っている。
改めて依頼品を見てみよう。
佐渡の赤玉石 2点である。
ともに研磨されていない
自然石で
一つは 重さ257kg。
全体は明るい朱色で
いなずまのように走る
黄色の模様が
独特の味わいをもたらしている>
< もう一つは 重さ230kg。
全体は 赤褐色でやや地味だが
堂々たる風格は引けをとらない>
<実は 佐渡の赤玉石は
戦後 大規模な採掘が行われ
ほぼ枯渇。
現在 その希少性は
高まるばかりで
それゆえ 人工的に着色した
偽物も出回っているが…>
いやぁ たまげましたね。
縁起石ですよ。 本物だとしたら
奥さんが 出ていくわけ
ないような気がするんだよな。
縁起石 2つの力を
もってしても止められない。
< しかし まさかの鑑定結果に
今田も大興奮>
奥さ~ん!
どうします?
ものすごい額ついちゃったら。
できれば処分したい。
でも 奥さん
取りにきたら渡すでしょ?
渡しますね。
ご本人の評価額です。
おいくらでしょう?
60万ってことで。
本物やったらすごいん
ちゃいます? このでかさ。
すごいと思うよ。
それでは奥さん。
本来 あなたが出るはずだった
「鑑定団」。
まいりましょう オープン ザ プライス!
500万!
大変だ こりゃ!
大変な額がつきました!
奥さ~ん!
加藤さん500万。
500万。
かっこつけてる
場合じゃないですって。
正真正銘 佐渡の赤玉石です。
色といい 大きさといい
最高級に近いものです。
2000万年前の日本海が
できるときの火山活動で
こういった石が
できたんですけども
周りの火山岩自体は 風化で
土になっちゃっていますね。
ところが この石は
すごく硬いので残ってるんです。
赤が基調なんですけれども。
黄色っぽい脈が
あるんですけども
そこは褐鉄鉱 色ムラがあってね
おもしろみでもある。
自然が作った
非常に貴重なもので
1キロ 1万円。 VTRにあった
有名なやつと見比べても
見劣りしない。
非常に上質な赤玉石。
これは 欲しい人いると思うな。
奥さんから
連絡がくるといいですけどね。
加藤さん何か
奥さんにひと言どうぞ。
奥さん 石で
誘い込もうとしてますよ今。
(笑い声)
< こよい 鉄道に
人生をささげる熱烈なファンが
自慢の逸品を携え
一挙 大集結!>
<会場は京王電鉄が運営する…>
<貴重な保存車両を
ずらりと展示し
鉄道ファンを魅了している。
司会は もちろん この方>
乗り物大好き! 電車 大好き!
福澤朗でございます。
今日は ご覧のように
京王電鉄さんに
特別に その制服を
貸していただけました。
このネクタイ
よくご覧いただけますか。
「KEIO」って
書いてあるんですけどね。
おしゃれでしょう?
<本日のゲストコメンテーターは
鉄道の知識は ゼロだが
好奇心は人一倍>
ありがとうございます。
じゃ 早速 中 行きましょうか。
行きましょう。
いざ…。
<本番前に まずは館内を拝見。
入館券は 駅で実際に使われていた
券売機で購入>
ずいぶんと まあ…。
<自動改札機を通って 中へ>
うれしい。
<館内には 子育てファミリーが
鉄道について楽しく学べる
体験コーナーが充実。
例えば こちら。
新宿から高尾山口まで
京王沿線の町並みを再現したジオラマ。
なんと実際
使用していた運転台で
鉄道模型を動かすことができる>
動きました。
さあ これからスピードを上げていこう
というところであります。
< こちらは 車掌体験コーナー>
<ドアの開閉操作を体験できる>
お~っ!
おもしろいでしょ?
<一番人気は
こちらの運転シミュレーター。
運転士養成用に開発された
ソフトを用い
運転席から見える車窓を再現。
実物のハンドルで速度調整や
停止操作が行え
臨場感を味わえる>
(福澤)110キロ。
結構あるのよ これ。
(IMALU)うわっ 速い 速い。
(福澤)速いでしょう?
速い! いろいろ
見るところが…。
(福澤)標識を見なきゃ
いけないんだよね これ。
え~っ?
<間もなく最大の難関 駅に到着>
(福澤)ゆっくりとブレーキね
ゆっくりと。
(IMALU)ゆっくりとブレーキ。
あんまりかけすぎると危ないよ。
(福澤)あと10m。 あと10m。
粘れ! もうちょい粘れ。
(IMALU)あ~っ!
(福澤)もうちょい粘れ。
あと6m!
ブレーキ ブレーキ! ブレーキ ブレーキ!
あと4m! ブレーキ!
ブレーキ ブレーキ ブレーキ!
(IMALU)あ~っ…。
(福澤)あ~っ…。
<本日の鑑定士は
ミニ電車に乗って登場>
< それでは
いってみよう!>
< まずは
どういったお仕事を
されていたんですか?
(福澤)構内作業係。 はい。
それから…。
<運転主任とは 駅のホームで
列車の出発合図を出し
アナウンスをする係のこと>
簡単なアナウンスメント一節 聞かせて
いただくこと可能ですか?
ご乗車 ありがとうございました。
お客様にお願いいたします。
気をつけて
ご乗車 お願いいたします。
緊張してらっしゃるから
しようがない。
(笑い声)
<運転主任の
いちばん重要な業務は
列車を時刻どおりに
発車させること>
1秒たりとも
遅らせちゃいけないっていう。
えっ… 時計…。
つけて寝てます。
え~っ!
< お宝は こちら>
(福澤)お~っ! すごいな!
<今回の
< お宝は 50年ほど前
米子駅で開かれた
鉄道部品の販売会で
手に入れたもの>
いかほどで購入されたんですか?
<当時の3万円は
月給の3分の2ほどで
かなりの大金だった。
しかし 妻からは…>
そう言われます。
鉄くずと言われる?
って言われるもんで。
奥様のみならず…。
他人からも言われます。
(笑い声)
<本人評価額は
ごくごく控え目に3万円。
今日は なんとしても
鑑定額をアップさせ
妻と近所の方たちを
ギャフンといわせたい。
果たして 結果は!?>
ジャカジャン よっ 30万!
< なんと10倍!>
出ました!
50年間も お持ちだったんですね。
234号機は 1940年
兵庫県の川崎車両で製造。
1972年に廃車になりました。
解体は遠く米子にある
後藤工場で行われたようです。
SLブーム以前 廃車になった
同形式のナンバープレートは
20万円ほどで
取り引きされています。
1970年以降も活躍した234号機は
ナンバープレートは欲しいという方が
多くいらっしゃるので
30万円という値段のほう
つけました。
絶対 売らないですか?
<続いては
非常に…。
<実は 父が国鉄職員で
幼い頃から鉄道会社に入るのが
夢だった>
しいて言えば…。
え~っ!? すごい。
そうなんですか。
<自宅は ご覧のありさま>
(IMALU)すごい!
<高校1年生から模型作りに
のめり込み
以来53年間で
1, 000万円近く注ぎ込んだ>
何両くらいあるんですか?
えっ 2, 000ですか?
職場でも電車で…。
< お宝は こちら>
お~っ!
<草軽電気鉄道は
1915年 開業。
草津と軽井沢を結んだが
1962年 惜しまれつつ
廃線となった。
お宝は十数年前
社内の模型サークルの先輩から
10万円で譲り受けたもの>
会社に模型サークル。
<特に気に入っているのは
このフォルム>
上に伸びてるのって
ひょっとして…。
<先輩によると
20年以上前に作られたもので
レトロな味わいが気に入っている。
果たして結果は?>
ジャカジャン よっ! 33万!
< やった~!>
こんなになるとは…。
すごいね 3倍ついちゃった。
温かみのある
ほのぼのとした いい模型ですね。
デキ12は特徴ある形から
カブトムシとかL電と呼ばれており
地元の人に大変 愛されて
昭和37年まで活躍してた車両です。
この模型は当時
天賞堂におりました
三浦慶一さんの工房
三浦車両で作られたものです。
雑誌広告とか
そういうものもなく
幻のメーカーと言っていいんじゃ
ないでしょうか。
レジンで作られておりまして
サイズが20分の1。
これだけ大きいと
数 作れないものですから
10台は作られて
ないんじゃないかと…。
貴重な模型だと…。
<続いては
方向幕コレクターの松永さん>
はい。
方向幕って聞かれても
ピンとこないよね。
わからないです。
< ご自慢のコレクションがこちら>
はぁ!
(IMALU)えっ お家!?
すごい!
まだ あるんだ。
<方向幕と
幕を設置する行先表示器
その数 合わせて 300点以上>
<夜な夜な電気をつけて
楽しんでいる>
< お宝は こちら>
わぁ すごい!
大きいほうの表示器がですね
車両の前面。
小さいほうが車両の側面に…。
<方向幕と それを作動させる
指令器 制御箱は
鉄道部品専門店やインターネットで
別々に購入。
総額は10万円。
今日は2台が連動する姿を
ぜひ披露したい>
ほら 奥多摩行き ほら。
左側がゆっくり。 右側 スッと…。
新宿ですよ 特別快速。
そうだ 今日 いっぺんに
同じ画角で見ることができる。
これ すばらしいことですよ。
IMALUさん!
これ 何駅分くらい
入ってるんですか?
そんなに必要ないですよね。
1つの路線だとね。
<珍しいのは
この側面用の原町田の表示。
1980年 横浜線の駅名が
町田に変更する以前のものである。
本人評価額は
買ったときの総額 10万円。
小学6年生で
初めて方向幕を買って以来
ゲームやアイドルには目もくれず
集めてきた。
青春のすべてをかけた方向幕。
果たして結果は?>
<京王れーるランドを舞台に
白熱する
第4回 鉄道グッズ鑑定大会。
総額10万円で買い集めた
国鉄103系電車の方向幕
指令器 そして制御箱。
果たして結果は?>
ジャカジャン よっ! 21万円!
< やった~!>
おめでとうございます!
103系電車は 1973年に
モデルチェンジをした際に
正面と側面に
電動式の方向幕が
取りつけられるようになりました。
制御方式は
幕が一コマずつ動く
同期起動型と呼ばれるものです。
正面の表示器は
運転台つきの車両にしか
搭載されていません。
数は限られています。
方向幕の破損がなければ
10万円の値段がつきますが
破れた箇所があり
8万円です。
側面用は原町田駅の表示が
そのまま残っている
貴重な幕で 残念ながら
破損がマイナスになり5万円です。
指令器ですが これには専用の
制御箱がなければ動きません。
配線も整備も
きちんとされていますので
これからも末永く
楽しんでください。
<西村さんは 28歳で
国鉄を全線制覇>
ずいぶん にこやかに
おっしゃってますけど
大変なことですよ それ。
そうですけども やっぱり…。
全路線って
何kmくらいあるんですか?
< こちらは 15歳から
つけ始めた乗車記録ノート。
列車名 駅名 発着時刻から
車両形式まで
こと細かく記している>
めちゃめちゃ几帳面な。
すべての行程が書いてあるんだ。
(IMALU)地図も。
これは すごいわ。
マメでらっしゃいますね。
<節約のため
周遊券や青春18きっぷを駆使。
夜行列車を宿代わりとした>
その間 お風呂は
どうされたんですか?
着替えとかは?
本気は本気ですけど…。
< お宝は こちら>
出た~!
この大きさ。
<「明星・あかつき」とは
新大阪 西鹿児島間の「明星」と
途中 佐賀の鳥栖駅で
長崎行きに分岐する
「あかつき」のこと。
「なは」も「明星」と同じく
新大阪と西鹿児島間を結んだ。
もともと特急列車だったが
後に ブルートレインとして運行>
当時 沖縄…
返還前だった沖縄が
無事に日本 本土にね
復帰してほしいという思い
願いを反映させて
「なは」にしたんだ…。
へぇ!
< お宝は30数年前
下関機関区で手に入れたもの。
いくらだったかというと…>
< しかし 家には
飾る場所がないため
ずっと押し入れに
しまいっぱなし>
<本人評価額は
期待を込めて150万円。
鉄道ファンのみならず
誰もが憧れたブルートレイン。
これを手に入れたときは
天にも昇る気持ちだった。
果たして結果は?>
ジャカジャン よっ! 200万!
< これは すごい!>
1985年の3月 全国のブルートレインに
ヘッドマークが取りつけられることに
なりました。
残念ながら 1986年のダイヤ改正で
「明星」が廃止になり
2つの列車名が書かれた
ヘッドマークは珍しいです。
「なは」の列車名は 1968年から
特急列車につけられました。
ブルートレインとしては
1984年から登場ですね。
国鉄時代に作られた
貴重なものなので
これからも
大事にしてください。
<続いては 大阪市平野区にある
ようこそ いらっしゃいました。
<次なる依頼人は
病院の事務職員…>
私は
行っております。
どうぞ こちらです。
< と 案内されたのは
自動販売機が置かれた休憩スペース。
壁には すてきな絵が
飾られていました>
これは
個人的に購入した絵を
飾っています。
<毎月テーマを決めて
絵をチョイスしているそうです。
今回のテーマは…>
この3点の女性像は それぞれ
違う方向を向いているのが
おもしろいかなと。 例えば
愛する人を見ているのやら。
美味しいごちそうを
見ているのか。
と思います。
< もともと
美術が好きだったものの
買い始めたのは
つい最近のことで…>
< その数 なんと
当然 奥様からは…>
というふうに怒られまして
それが 病院で絵を飾る
きっかけにもなりました。
<今回のお宝は なかでも
いちばんの掘り出し物で…>
かもしれませんので
鑑定よろしくお願いいたします。
<果たして その画家とは?
スタジオで拝見しましょう>
依頼人の登場です。
大阪府からお越しの
ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。
さあ 患者さんの反応どうですか?
喜ばれてる…。
喜んでおられますね。
去年の夏から始めて もう
150点って すごいペースで
購入されてませんか。
奥さんがもう
めちゃめちゃ怒ってます。
(笑い声)
今回は自信あるんですか?
凄いですわ。
嫌な予感がするな。
さあ どんなお宝なんでしょうか
拝見します お宝オープン!
あら。 さあ これは
どなたの作品でしょう?
19世紀の末から
20世紀のはじめくらい。
オーストリアで活躍した
もう世界的に有名な。
えっ!?
視線の先というか目とですね
白いパステルのタッチがね
すごくいいなと。
油絵の本作というか
ホンマもんがありまして
それの練習
なるほどね。
顔つきはね 多少ちゃいますけど
描き方みたいなのは
似てるような気しますね。
いかほどで購入されたんですか?
8万円です。
8万。
こんな安くていいんかなと。
私が見つけたのが
この裏面にですね
ナチス・ドイツのマーク…。
えっ!?
没収品かなと思って。
戦時中に ナチスがこの絵を
接収したってことですよね
きっとね。
そうだと思うんです
けどね。
出品者の方 何か言ってました?
本物ですと。
あっ 間違いないと。
出品者の方は
そうおっしゃるだろうな。
ああ でも わからんな。
< けんらんたる
ひと幕の劇場である。
黄金の衣装に身を包み
接吻をかわす恋人たち。
女は 恍惚として
男に身をゆだねている。
甘美な世界に潜む崩壊の予感
その足元は…。
描いたのは
<当時から その画力は
教授陣が舌を巻くほどで
卒業後 弟らとともに
<国立の劇場や美術館の
天井画 壁画など
20代にして
国家の大プロジェクトを任された。
しかし 求められたのは
常に古典的な
歴史画や宗教画ばかりで
これに嫌気がさしたクリムトは
同志とともに
< という芸術革新運動に
身を投じたのである。
クリムトは 古来よりタブーとされた
なまめかしい描写に挑んでゆく。
こちらは ウィーン大学の
大講堂のために描いた天井画。
古典的な絵を期待していた
大学教授らにとっては
あまりに刺激的で
猥雑 グロテスク 理解不能と酷評され
この仕事を取り消すよう
強く迫られた。
怒ったクリムトは 報酬を全額返金し
その後 一切の国家事業を辞退。
そして 自分を非難した者たちを
挑発するかのように
尻を突き出し
妖しく笑う女を描いたのである。
これを境にクリムトは 女の肖像画や
寓意画の制作に没頭。
顔や手を写実的に
衣服や背景を装飾的に描くという
まったく独自のスタイルで
優美で けんらんたる世界を
作り上げていく。
これは クリムトが 日本の琳派に
多大な影響を受けたからで
金をふんだんに用いたのも
同じ理由である。
クリムトは また女性の官能美を
ひたすら追求した。
「ユディト」は 祖国の危機を救うべく
単身 敵陣に乗り込み
豊潤な色香を武器に
敵将の寝首をかいた
聖書に登場する女傑だが
高揚感に満ちた その表情は
実にエロティックで
聖女として描かれた
中世の宗教画と比べると
違いは 歴然である。
クリムトが生きた19世紀末から
20世紀初頭は
ウィーンの街に戦争の影が忍び寄り
人々は 死の気配から
目を背けることに必死であった>
< そんな時代に
女性が官能に身を委ね
生きる喜びを
全うせんとする姿にこそ
崇高なる美を見出したのである>
最高傑作 『接吻』。
ぼう漠たる
宇宙を思わせる舞台で
男女が熱い口づけを
交わしている>
<足もとには 花が咲き乱れ
一見 楽園を思わせるが
実は 断崖絶壁に。
まさに生と死のはざ間で
官能の世界に溺れた2人。
接吻という世俗的テーマを
これほどまで神秘的に描いたのは
クリムトを置いて他にいない>
<改めて依頼品を見てみよう。
鉛筆とパステルで描かれた
『黒い羽根帽子の女』。
頬づえをつきつつ
小指は唇に触れ
ほのかな色気を漂わせている。
1910年作の油絵と比べてみると
構図は ほぼ変わらず
かなり完成段階に近い
習作のようだが…>
病院には
展示されたことあるんですか?
いや ないですね まだね。
まだない。
ホンマもんやったらね
なくなっても困るしなと思って。
そうか。
警備員つけて…。
< ひょっとすると新発見か?
果たして 結果は!?>
オーストリアの画家さんだからナチスドイツに
接収されたっていうのは
すごくリアリティーありますよね。
そうですね たくさんされてる
ものがありますね。
本人評価額です。
おいくらでしょう?
1, 000万円 クリムトですから。
(片渕)強気ですね。
1, 000万円 まいりましょう
オープン ザ プライス!
1, 000円でした。
1, 000円でしたね。
1, 000円!
残念ですけど
まったくの偽物です。
確かにクリムトっていうのは デッサンを
何千点って描いてるんですよね。
ただ それらは
本画を描くための下図なんで
ほとんどが鉛筆デッサン的なもの。
この依頼品のように
細部まで入念に着色が
されているものっていうのは
ほとんどないんですね。
クリムトっていうのは
究極に写実力の高い画家でした。
それに対して やっぱり
まず描き方が甘いんですよね。
肘のあたりなんか
線の引き直しも目立ちますし
表情に緊張感とか
品格というものは見て取れない。
裏にあるナチスの
印譜ってことなんですけど
おそらく
これ向こうの古本屋さんで
裏地を見つけて それありきで
作られた偽物だと思います。
ナチスの押収品の中に
当然 クリムトというのは
複数点 含まれていて 中でも
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」。
押収されたのちに遺族に戻されて
2006年にオークションに出品されて
155億円で落札されたんですね。
これが本物とすれば 最低でも
1億円はすると思います。
いやぁ いかがですか?
早速 飾りますわ。
< お宝鑑定希望の方
お宝を売りたい方は
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どしどしご応募ください。
お待ちしています。
詳しくは番組ホームページを
ご覧ください>
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