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マル激トーク・オン・ディマンド 第1096回(2022年4月9日)
ゲスト:春名幹男氏(ジャーナリスト)
司会:神保哲生 宮台真司
ロシアのウクライナ侵攻の出口が見えなくなっている。
和平交渉の進展とロシア軍の首都キーウからの撤退で、事態が収束に向かい始めたかもしれないとの淡い期待を抱いたのも束の間、ロシア軍によるものと見られる民間人に対する数々の殺戮行為が明らかになり、また首都周辺からの撤退もどうやら単なる部隊の再配置だったことが明らかになってきたことで、2月24日の軍事侵攻から1か月半を超えたウクライナ戦争は長期化の様相を呈し始めている。
既にウクライナ各地では一般市民に甚大な被害が発生しており、それだけでもロシアによる軍事侵攻は許されざる国際法違反だが、戦況がプーチン大統領が当初、期待したような短期で決着が付くものにならなかったことで、新たな、そしてより重大な懸念が現実のものとなってきている。ロシアによる核兵器の使用と、それが第三次世界大戦を引き起こしかねない可能性だ。
CIAなどによるインテリジェンス(諜報活動)に詳しいジャーナリストの春名幹男氏は、バイデン政権はプーチン大統領が核兵器の先制使用に踏みきる可能性を真剣に警戒しているという。ロシアが核兵器の使用に踏み切れば、NATOの加盟国であるポーランドなどにも放射能汚染などの影響が少なからず出る可能性がある。また道義的にも、超大国のアメリカが、侵略戦争における核兵器の使用を目の当たりにして、これまでのようにウクライナに兵器を送り制裁措置をステップアップさせるだけでは済まなくなるだろう。
アメリカがロシアの核使用を懸念するのにはそれなりの根拠がある。それはロシアがソビエト連邦の崩壊後、NATOの東方拡大に対抗して「使える核兵器」の開発を進めてきたからだ。そして、ロシアがそのような兵器を開発してきた最大の理由は、ロシアの周辺国でNATOとの間で紛争が発生した時のためだった。まさに今回のような事態を想定して、ロシアは使える核兵器の開発を進めてきたのだ。
言うまでもなく核兵器は通常兵器とは比較にならない莫大な破壊力を持つ。少なくとも従来の核兵器はそうだ。そのため自国周辺でこれを使用してしまえば、広範囲に死の灰などを降らせることになり、自ずと自国にも放射能汚染などの被害が及ぶことが避けられない。そこで米露の二大核大国が進めてきたのが、「非戦略核」と呼ばれる、破壊力を抑えた核兵器の開発だった。これはかつては「戦術核」などとも呼ばれていた。
定義上、非戦略核というのは射程の短いミサイルなどに搭載される核兵器のことで、核削減条約などで制限を受けていないものを指すが、その特徴は核爆発の威力が人為的に抑えられていることだ。現在ロシアが保有する非戦略核は地対地ミサイルシステムのイスカンデルに搭載するタイプの核弾頭で、広島に投下された原子爆弾の約3分の1まで威力が軽減されているという。アメリカは更に先進の非戦略核の開発に成功しており、色々な形で利用が可能なB61核弾頭は広島型原爆の50分の1程度まで威力が抑えられ、威力を自由に調整することも可能になっているという。こうして核兵器の威力を抑えることで、米露両国は核兵器利用の「敷居」を下げ、「使える核兵器」とすることを目指してきたと春名氏は言う。逆の見方をすれば、アメリカも「使える核兵器」を使用する誘惑は、誰よりもよく知っているということだ。
もう一つ懸念されるのが、現在のロシアの核ドクトリンが、核の先制使用を否定していないことだ。皮肉なことにソ連解体前、通常兵力でワルシャワ条約機構がNATOを大きく上回っていた時代は、当時のソ連は核の先制使用を否定していた。逆に兵力の劣るNATOが、核の先制使用の権利を留保していたのだ。要するに、通常兵力で劣る側が抑止の切り札として最後にすがっていたのが核の先制使用権だった。
しかし1991年のソ連崩壊以降、ポーランド、チェコ、ハンガリーなどの旧東欧圏が相次いで加盟するなどしてNATOが東方に拡大していくと、東西のパワーバランスが明らかに崩れる。それに対抗してロシアは核ドクトリンを変更し、核兵器を先制使用する戦略を採用するようになった。ロシアの核ドクトリンは1993年以降、順次強化され、2020年に更新された最新のドクトリンでは、ロシアが核攻撃を受けた場合やロシアの国家としての存続が危ぶまれるような事態を迎えた場合に加え、ロシアが弾道ミサイルの攻撃を受ける恐れがある場合やロシアの核攻撃能力が影響を受けるような攻撃にあった場合に、ロシアは核の先制使用をする用意があることが記されている。
現在のウクライナ情勢では他国に軍事侵攻したのがロシア側なので、ロシアに有利な戦況にならないと中々和平交渉は進展しないだろうと見られている。もしくはロシア軍が完全に敗北し、尻尾を巻いて逃げ帰るパターンしかない。しかし、それでは恐らくプーチン体制は持たないと考えられており、プーチン大統領がそのような形での撤退を認めるとは考えにくい。
戦況がいよいよロシアにとって不利になった時、プーチン大統領が撤退か核兵器の使用の二択を迫られる可能性は十分にあり得る。これまでロシアがまさに今回のような事態を想定して威力を抑えた非戦略核の開発を進めてきたことや、核攻撃を受けていなくても核兵器を先制使用する核ドクトリンを練り上げてきたことを考え合わせると、その場合にプーチンが最悪の選択を下す可能性は十分想定しておかなければならないというのが、残念ながら現時点での多くのインテリジェンス・コミュニティや軍関係の専門家の意見だというのだ。
ロシアのウクライナ侵攻を許したのはアメリカのインテリジェンス戦略の失敗の結果だったと指摘する春名氏と、ロシアの核戦略の現状と核先制使用の可能性などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
【プロフィール】
春名 幹男 (はるな みきお)
ジャーナリスト
1946年京都府生まれ。69年大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業。同年、共同通信社入社。本社外信部、ニューヨーク特派員、ワシントン支局長、編集委員、論説副委員長などを経て2007年退職。名古屋大学大学院教授、早稲田大学大学院客員教授などを経て17年より現職。09年、外務省の「いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会」の委員を務める。著書に『米中冷戦と日本』、『秘密のファイル CIAの対日工作』、『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』など。
宮台 真司 (みやだい しんじ)
東京都立大学教授/社会学者
1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。
神保 哲生 (じんぼう てつお)
ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹
1961年東京生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。
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(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)
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