徹子の部屋 相川七瀬[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 相川七瀬[解][字]

~歌手・母・大学生!超多忙な日々を~相川七瀬さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
現在は3人の子供を育てながら大学に通っている現役大学生!一昨年にはデビュー25周年を迎えた相川七瀬さんがゲスト。
◇番組内容
仕事や家事の合間にオンライン授業を受けるため、朝の時間の使い方が勝負だという。料理好きの夫は朝食やお弁当を担当。相川さんはそれ以外の家事をこなし、子供を学校へと送り出す。その後は勉強の時間と決め、台所に立つ時は昼食や夕食の準備を一気に済ませるという。学校が合わず高校を中退した相川さん。だが、高卒認定試験を受け大学に入り、勉強の楽しさ苦しさを知った今は「勉強しなさい!」と子供を叱らなくなったと語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  13. 結構
  14. 随分
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  17. 主人
  18. 大変
  19. 二十歳
  20. No

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

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♬~「鏡の中 今も ふるえてる」

♬~「あの日の私がいる」

♬~「夢見る少女じゃいられない」

わあ すごい。 フフフフ…。

『夢見る少女じゃいられない』が
大ヒットして

去年 デビュー25周年。

ヒット曲多数のロックシンガーで
いらっしゃいます 相川七瀬さん。

歌手でいらっしゃいまして

そして 3人のお子さんを持つ
お母様でもいらっしゃいます。

現在は ご自身は大学生という

大変 お忙しい方で
いらっしゃいます。

『徹子の部屋』
初登場でいらっしゃいます。

で デビュー曲の 今 聞こえた
『夢見る少女じゃいられない』が

大ヒットという事で。
ありがとうございます。

でも ミリオンセラーの『恋心』他
ヒット多数という事で。

ちょっと VTRで
去年のライブを見せて頂きます。

♬~「もっと心まで抱きしめて」

♬~「No No 愛が届かない」

♬~「本気な嘘に溺れたい」

♬~「No No それじゃ踊れない」

♬~「鏡の中 今も ふるえてる」

♬~「解ってる いつまでも」

♬~「夢見る少女じゃいられない」

♬~「恋心 ひそやかに今
夜にはぐれたままで」

♬~「時の迷路まよいこんだ」

♬~「愛を探してる」

すごーい。

デビューは 二十歳の頃で
いらっしゃったんですけど

25周年
どんな感じですかね?

改めて こう…
自分が まず

『夢見る少女じゃいられない』
という楽曲を頂いた時に

25年先も
この歌を歌ってるとは

本当に想像していなくて。

なので 25年経ったんだっていう
その重みというか…。

いい事も悪い事も たくさん
この25年あったので

それも ひっくるめて 自分の…

本当の自分の歌になったんだな
っていうのは

すごい感じました
このステージで。

すごいですよね
題名からしてね。

『夢見る少女じゃいられない』
っていうんですからね。

そうですね。
でも 今 大学にも行っていらして。

45歳の時に?
そうですね。 大学受験をしまして。

私は高校中退で

それで
歌手を目指す事になったので

まず 高卒認定試験を
取らなければいけなかったんです。

で 自分の中で
それをやらなければ…

高卒認定を取って大学受験をする
っていうのを見据えて

スケジュールを組んで。
すごい。

それで コツコツやって
で 大学に入ったんですけれども。

その時が ちょうどコロナが
こう すごく流行りだした時で

私が入学した時は
入学式もなかったですし

対面授業も一切なかったので。
どこの大学?

國學院大學です。
あっ すごい。 学部は?

神道文化学部
というところにいまして。

で 主に
神社のお祭りだったりとか

あとは
日本の そういう古典なんかを

色々学んでる
っていう感じですかね。 はい。

で 4月からは
そうすると 3年生になる?

3年生になります。

でも 3人
お子さん いらっしゃって…。

何歳と何歳?
上の子は二十歳になりました。

えっ? あなた 随分お若く見える。
上の子 二十歳?

はい。 なので
同級生が息子と同じ年なんです。

そうだわね。 そうそう。
そうなんです。

で 上の子… 一番上が二十歳で
その次が?

14歳になります。 はい。
で 下の子が9歳。

じゃあ 9歳の子が…
今 お写真ね… 可愛い。

なので 大学生と中学生と

小学生がいる
っていう感じですね。

授業っていうのは 1週間に

どれくらいあるんですか?
私ですか?

毎日 3コマずつぐらい
結構 詰めたんですね。

2年生までは ある程度
もう 取らなきゃいけない単位を

全部 取ってしまいたかったので
休みなく 本当に…。

多い時は3コマ
少なくても2コマ

っていう状態で
やってきましたね。

あっ じゃあ 相当…。
詰めました。

すごかったね 勉強も。
そうですね。

ちょっと苦しかったんですけど。
でも コロナ禍で

やっぱり 私たちミュージシャンは
ライブが…

コンサートもできない
っていう状況がすごく続いて。

それで
家にいなければいけない事が

多かったので
逆に 時間っていうのは

すごい 最大限に
自分の学びに使えたので。

じゃあ リポートなんかも
家にいる間に?

そうですね。

夏のツアーと学期末が
重なるんです。

あら 大変。
なので ツアーをやりながら

リポートを書かなければいけない
っていうのが

この2年は少し苦しかったな
というのはありますけど。 はい。

同級生は あなたが
歌手だというのは ご存じ?

はい。 皆さん

お父さん お母さんが
私の歌を聴いていた

というふうな事を
言ってくださる人が多くて。

それで お友達を25周年のライブに
何人か誘ったんですね。

そしたら もちろん
皆さんが生まれる前の歌なんで。

で 私が学校に… 大学にいる時と
全く違う顔をしてたから

それに まず もう びっくりして

すごい 皆さん 興奮して
なんか…

「別人の相川さんを見た」って。
あっ 本当。

でも あれが本業なんだ 私 一応
っていうので笑ってたんですけど。

でも 初めは なかなか
大学 いらっしゃって

大学生活が
ちょうどコロナ禍の時で

お友達が なかなかできなかった?
そうですね。

なかなか… まず
対面授業じゃないっていう事で

知り合うきっかけも機会もない。

で 先生とも 直にお話しする事も
かなわないっていう事が

結構 続いていて。

たまたま英語のクラスだけが

ライブ方式の
オンライン授業だったんですね。

その時に こう
一対一で話すような

ちょっと こう 2人で
英語のトークをしたりとか

っていうのがあって
そこで知り合いになって

少しずつ… アドレス交換をして

交流を少しずつ
増やしていったっていう

そういう感じでしたね。
でも ギタリストの布袋さんが

なんか 心配してくださったって?
そうなんです。

布袋さんが25周年のライブに…。
この前 来てくださった。

ゲストで
出てくださったんですけれど。

「七瀬ちゃん その後 ライブのあと
どうしてるの?」とか

「元気にしてるの?」
とかっていうふうに

LINEとかくださって。
そしたら ちょうど 私が

英語の試験で
頭悩ませてる時だったり

リポートで徹夜だったりとか
する時が多くて。

「もう 大学が大変で」って言ったら
「頑張れ!」って言って

すごい応援してくださって。
あっ そう。

でも 実際に通うまでは
大学っていうのは

結構 みんな
遊んだりしてるんじゃないかと

思っていらしたんですって?
そうですね。

大学生って
すごい なんか こう気楽な…

なんか なんとなく 気楽なのかな
と思ってたんですけど

まあ みんな
とっても勉強してるんだな

っていうのに
本当に びっくりして。

じゃあ ブラブラしてる人たちは
何してるんだろうね?

…って思ってたんですけど
ブラブラしている人たちも

どこかで
帳尻を合わせていたんだな

っていう事がわかって。

本当に世の中の学生さんたちを
私は尊敬するようになりました。

あっ そう。
でも 大学進学なさる事は

旦那さんにも
ご相談になりました?

いや 最初は
相談してなかったです。

家族 誰にも言わないで

それで もう 自分で
ある程度 着々と進めて

出願書類を取り寄せて

出願書を書いて さあっていう時に
実は ちょっと

大学受験しようと思う
っていうのを打ち明けて

家族みんなで「ええー?」って。
フフフフ…。

大学 行っちゃったら
お家の事とか 仕事とか

どうするの? っていうのが…
すごい みんなに言われて。

でも 家族の中の
ルールとして

家の事をおろそかには
絶対にしない

っていう事を約束するから

チャレンジしたいんだけど
っていうので。

じゃあ 頑張れば
っていうところまで

こぎ着けたっていう感じですかね。
旦那様は会社員?

はい そうです。
あっ そうですか。

でも 旦那様は
家事もやってくださる。

お料理も上手なんですって?
そうですね。

結構 主人が
家の事を手伝ってくれるので

朝とかも子供たちのお弁当を
主人が作ってくれたりとか。

いいわね。
すごく助かっています。

そうですよね。
うちでは結構

どっちかが手が空いたら
ご飯を作るっていうスタイルに

なんか この20年の中で
なっていて。

なので その辺りも…
すごい 主人も

どんどん なんか
料理の腕が上がってきて。

私がレシピとか書いておくと
そのとおりに作ってるから

もう 本当に
それが上手になってくるので

すごくありがたいなというか
助かってますね。

その旦那さんをご覧になってて
子供たちも

自然と
家事を手伝うようになってきた?

そうですね。 だから
男の人は家事をしなくていいとか

そういう事じゃなくて
みんなでやるっていう事が

すごく自然に…
主人が手伝ってくれて

主人が 本当に
洗濯物とか畳んでるのを見て

次男とかも同じように畳んで
置いておいたりとか。

私がいない時とか…
私がツアーに行くと

どうしても 家が
むちゃくちゃになったりとか

してしまうんですよね。

そうすると 次男が
奇麗に片付けてくれてたりとか。

なんか そういうのは
すごく 本当に助かるなって…

家族の支えあって 今 あるな
っていうふうに思います。

でも 普通
主婦だけでも大変なのに

母であってですよ
それで 学校にも行って…。

そうですね。
それって 随分 大変ですよね。

そうですね。 学校に…
自分が大学に行くようになって

逆に言うと
子供と同じリズムの生活習慣を

しっかり
自分が体現できるというか。

朝6時に子供たちが起きるので
ちょっと前に自分が起きて

で 6時から みんなの支度して

7時すぎには もう
出ていくんですね。

すごい。 子供たちが出ていく?
はい。 子供たちが出かけるんで。

そのあとから 私も学生モードで

みんなが勉強してる時間割と
同じ時間軸で勉強ができて

で みんなが帰ってくる前に
家に帰っていて

おかえりって言える状態を作る
っていうのが

この2年の すごい 自分の中での
大きなサイクルだったので。

でも 学校 行ってても

子供たちに おかえりなさい
っていう時間には

帰っていられる?
もう そこまでしか取らない…。

なんか 朝の時間の使い方が
勝負なんですって?

そうですね。

朝ご飯とか作ってる時に
せっかく台所に立つんだったら

もう その日の夜のご飯の
準備さえしてしまえば…

夜 何か子供の習い事とかに
ついていって

帰りが遅くなっても
支度さえしていれば

すぐに火が入れられたりとか…。

ちょっと これ 伺いますけど
これはギョーザ?

そうです。

ギョーザも もう
100個とか150個作っても

一瞬でなくなるので。
すごいね。 3人 子供いると。

そうなんですよ。
取り合いになるので。

ある程度 フライパンに
全部 並べておいて

それを冷凍庫に入れておいて…。
あっ そう。

で 帰ってきたら それを焼くとか。

なんか そういう… どんどん
時短が うまくなってきて。

なるほどね。
はい。

これ なんです? おいしそう。
おにぎり?

そうなんですよ。

お茶碗にご飯を入れると…
なんか ちょっと食べない時とか

おむすびにしてあげると
すごい食べるので。

で 置いとくと
いらないって言ってたのに

全部なくなってたりとかするので。

なので おむすび
結構 作ったりとかします。

これ 鶏です?

うちは なんか みんな
鶏肉が大好きで。

もう毎日 鶏を使った献立を
すごい考えてるんですけど。

これは お酢で軟らかくして
煮たものなんですけど。

ええー。
すごい… 1キロとか やってます。

すごいですよね。
はい。

これ みんな 食べちゃうの?
食べちゃいますね。

すごい。
すごい…。

よく そんなに入るな
っていうぐらい食べますね。

子供たちには
勉強しなさいとは おっしゃる?

今までは…
自分が勉強するまでは

一方的に勉強しなさいとか
すごい押しつけてたんですけど。

今は自分も
勉強する立場なので

「勉強しようか?」
っていう言い方になって。

そしたら
「そうだね」って言うので。

みんなで 1つの机で
広げてやってます 宿題とか。

それ いいわね でもね。
そうですね。

子供の苦しみも
わかるようになったので。

本当に 頑張りも

認めてあげられるように
なったから

勉強してよかったな
っていうのは ありますね。

でも 歌手としては…

子供の頃から
なりたかったんだそうですけども。

憧れは
西城秀樹さんだったんですって?

一番最初に憧れたのは

秀樹さんでした。
そう。

はい。 秀樹さんの
『Y.M.C.A.』を見て…。

よかったね あれね。
かっこよくて。

衣装も 本当にすごくて。
もう 本当に なんか

かっこいいなって
思いましたね。

本当ね。 なんか これ
あなた やっていらっしゃるの?

高校時代ですね。
フフフフ…。

オーディションを

そのあと 受けるきっかけが
あったんだけど

不合格だったんですって?
そうですね。

オーディションを受ける時に
「3年 チャレンジして

駄目だったら諦めるから
やらせてほしい」

っていうふうに母に頼んで。

で 「じゃあ やっていいよ」
って言ってもらって

やったんですけど 全然駄目で。
で 一番最後に…

もう これが最後だっていう
オーディションを受けた時に

織田哲郎さんが
審査員でいらして。

でも 結局 私は
そのオーディションには

落ちてしまったので

もう 歌手の夢は諦めて
高校生になって。

で しばらく…
1年以上 経ってから

織田哲郎さんが
電話を直接くださって

家に。
随分 すごいわね。

はい。 それで もう一度
歌を歌ってみないかっていう

スカウトに来てくださって。

織田さんっていうのは
歌手であり作曲家でもある方。

で その時に なんか 生意気に

「もう興味が
なくなってしまいました」

って言って
断ってしまったんですね。

自分の中で なんか
3年経って駄目だったものは

もう駄目なんだみたいなふうに
思っていたので。

もう すっかり諦めて その夢は
終わってしまっていたので。

その時 もう一回
誘ってもらった時に

何か こう
しっくりこなかったんですよね。

でも そのあとに
学校がうまくいかなくって。

で 学校 辞めるってなった時に
母が「あなたは自分の夢が…

元々 歌手になりたいっていう夢が
あったんだったらば

それに ちゃんと
チャレンジした方が

いいんじゃないか」
っていうふうに…。

あっ そう。
はい。 背中をすごい押してくれて。

「もう一度 織田さんに
連絡を取ってみたら どう?」

っていうふうに母が言ってくれて。
じゃあ ちょっと

覚えてるかどうかわからないけど
電話してみよう

っていうふうに思って
電話したら

織田さんが
「あっ 気が変わったんだね」って。

覚えててくださったの? すごい。

「じゃあ これから
一緒に何か考えていこうね」

っていうふうに
言ってくださったのが

17歳の時ですね。
よく母が あそこで

学校 辞めると言った娘に
「夢があるんだったら

その夢を ちゃんと
実現した方がいい」って

よく言ってくれたものだな
っていうのは…。

そうでしょ。
あなた お子さんが今 いるから

そう思うと 17の子供に
そういうふうに言えるかと。

言えるかなと思うと
自分が今 母親になって

子供が学校 辞めたい
って言った時に

それ 言えるかなと思うと
非常に多分 私は

そこで狼狽してしまって

言えないんじゃないかなと
思います。

でも 高等学校卒業程度認定試験
っていうのを受けて

高卒のあれがないと
大学に行かれない。

その時に 自分が辞めた高校の
先生だったりとか

あと 先輩の方に
相談したんですね。

そしたら 「辞めてから
実際に高卒認定を取って

社会人で大学に入学して
次のキャリアを築く人たちは

実は いっぱい いるんだよ」と。

「だから
あなただけじゃないから…

みんな やってる人たちがいるから
頑張りなさい」と。

で 私の周りにも
たまたま 同じ学校を中退されて

高卒認定を取って
大学生になって

すごくちゃんと
起業されてる方がいて。

で その方が
「なんとしてでも応援するから

諦めないでやりましょう」
って言って…。

すごいわね。
はい。

随分 先生方にも
支えてもらいましたし

応援してもらいましたし

それを経験した先輩方も
すごい応援してくださって。

だから なんか こう

いくつになっても学べるんだな
っていう事が

すごくリアルに
自分を通してわかって。

100年時代… 人生100年時代とか
っていうふうに言うようになって

なんか 改めて 大人になっても

自分をバージョンアップしなきゃ
いけないというか。

アップデート
しなきゃいけないんだな

っていうのは すごく感じてます。

でも お母様には
大学受験をするというのは

ご相談になった?
全然してないです。 母にも父にも。

黙って?
黙ってて。

それで 受かって
「来年から行こうと思うんだ」って。

「もう受かったんだ」って言ったら
「ええー」って。

「でも それもいいかもね」って。
なんか そういう学びって

いくつになっても
自分を助けてくれるものだし。

すごい。

自分の学びは
自分だけのものだから

誰かに取っていかれるものでも

取って代わられるものでも
ないから…。

すごい。
だから いいよねっていうふうに

家族が結局
後押ししてくれたっていうのも

すごい勇気になりました。

そうでしょうね。
はい。

今 長男 二十歳。
はい。

次男 中学生 長女 小学生
という事でしたけども。

次男は幼稚園から
ドラムやってるんですって?

そうなんですよ。

本当に小さい時から…。

3歳ぐらいの時の
誕生日プレゼントに

ドラム? おもちゃの
ドラムが欲しい

って言いだして

それを買ったのがきっかけで。

次に 本格的なドラムが欲しい
とかっていって

どんどん リアルなドラムに
なっていったっていう感じで。

3歳ぐらいから打楽器をすごく…。
すごいんですってね。

それで ママの曲を
ドラムでたたきたいとか言って。

そうなんですよね。
だから 3人 子供いますけど

一番 私の歌を聴いてくれるのは

次男です。
あっ そうなんですか。

♬~(ドラム)

すごい。

♬~「夢見る少女じゃいられない」

ハハハハ…。
可愛い。 随分 小さい時…。

ちっちゃいんですよ。
小さい。

どんどん こう
いいものになって…。

本当ね。 随分…。

(相川)「うまーい」

その次男は
この前のツアーの時は

ドラマーとして
一緒に参加したんですって?

そうです。
すごい。

♬~「憂鬱と孤独に侵され」

これ 次男です。
後ろにいるの そう?

はい。
この子ね。 白いの。

もう 本職ものだわね。 本職。

興味を失わないで ずっとドラムを
たたき続けてくれてるので。

すごい。 でも そういう家族が
その中にいるっていうのも

いいわね。
そうですね。

なんか こう
自分がやってる仕事が

影響を及ぼしていて

彼の中で音楽の花みたいなものが
少しずつ咲いて

今はドラムだけじゃなくて
ギターやったり 歌を歌ったり

ダンスを踊ったりとかして。

自分の行く道を
探そうとしてるので。

それって すごい
自分の中学生の時に

重なるんですよ。

だから なるべく
興味 持って

そのまま大人に
なってほしいな

っていうのはあります。
そうですよね。

じゃあ 今

一番すぐ前にあるのは何?
勉強としては。

私ですか? そうですね…。

今 自分が興味あるのは…

日本各地に残ってるお祭りが
私の研究テーマなんですけれども。

そのお祭りっていうものを
見た時に

やっぱり その地域の文化とか
地域性が すごい残っていて。

だんだん祭りが
今 消えかかっていて。

過疎化だったりとか
少子化だったりもあって

だんだん
継承されなくなっていくと

ずっと続いてきた日本の文化って
そこで絶えてしまう。

なんとか こう 一日でも未来へ

つないでいける事は
できないのかなっていうのが

私の中の今の大きなテーマなので。
なるほど。

なので なんか
そこの橋渡しができるような

自分の芸能生活でありたいなと
思いますし

学びでありたいな
っていうのは思います。

なるほど。
古くから伝わる赤米神事。

その研究を本にしたいとも
思っていらっしゃる。

そうですね。
そういう目的があるから

勉強を頑張れるんですって?
そうですね。

全部 自分が学ぶ事が
自分が関わっている

そういう地域を活性化する
っていう事だったり

神事をサポートする
っていう事に…。

4年で
大学は卒業できそうですか?

はい。 もう ほぼ
単位は取り終えたので…。

そうですか。 すごい。
大丈夫だと思います。

じゃあ 子育ても 家事も
コンサートも…。 フフフフ…。

『徹子の部屋』は

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